No.3(春、ある日)


その日、山小屋で私は目をさました。
そばには火の落ちたドラム缶で作られた薪ストーブがある。この辺りは4月でも夜は冷え込む。隣の部屋には作り付けの2段ベットがあるのだが、どうしてもこの時期、暖かいこの場所で寝てしまう。

川の斜面に建てられたこの山小屋はすべてが山に包まれている。玄関はテラスになっており緑の中に突き出しそのテラスの下は風呂場になっている。その湯舟から窓を開けると眼下に川が見え、そこには山女魚、岩魚が住んでいる。

山小屋の持ち主のおばーちゃんの話では、昔このあたりでは、岩魚が大変多く棲息しており「川のウジ」と言われほどだったらしい。戦後、食料難の時代には毒流しで取り蛋白原にしていたようだがそれでも絶えることはなかったと言う。釣るとゆ言うよりは取ると言う時代だったのだろう。それでも少し時代が落ち着いて来ると数は少ないが釣りをする人が出て来たようだ。おばーちやんの御主も生前、郡上で「テンからバリ」を特注で作り、それで釣りを楽しんでいたらしい。

今でもその「はり」は、湿気で錆びるのを防ぐ為に炭と一緒に包まれて当時のままの姿で残っていた。形状はシャンク部分が長く少しカーブしており全体が明るいブルーカラーで染められていた。フライフックのサイズでゆうと#10か#12の3xロングシャンクと言うところだろうか。シャンク部分は昔海釣りで一般的に使用されていた「狐ばり」のカーブに酷似している。
子どもの頃海が近かったので海釣りをする時はいつも道具箱に10本や20本はこのはりが入っていた。フッコ、ボラ、イナ、チヌ、キス、アナゴ、ウナギ、何を釣るのものこの「狐ばり」でサイズが大きいか小さいかの違いだけだった。それでも潮が良ければなんでも良く釣れたものだ。

コーヒーと残り物の固くなったパンを持ってテラスに出る、切り株の椅子に腰を降ろし空を仰ぐと 白い雲が稜線から稜線に流れて行く。パンをかじりコーヒーを飲み、たばこに火をつけ大きく吸い込む、朝の一服はうまい。吐き出された煙りは空の雲を追い掛けるように南の方に流れて行く。頬にあたる山の風はどんな時でも気持ちをなごませる何かを含んでいるようだ。時は静かに過ぎて行く。「まったく気持ちがいい」。

私は、立ち上がりコーヒーカップの最後のひと雫を音をたててすすり、発つ準備をはじめる。帰りに思い川の上流の、粕尾川に寄って見る気になっていた。

道は狭いs字の連続、車の窓を開けるとたばこで黒くなった肺を洗うように心地いい風が吹き込んで来る。
緑の中にポッポッ民家が見える所まで下って来ると、春霞みの中を流れる川の土手に野生の菜の花が色ずいている。
粟野の町を抜け粕尾に出る。農道に入り川沿いに走り学校の対岸に止める。里の方は山と違い暖かく良く晴れた空にはひばりが鳴いている。私はゆっくりとウエィダ−に着替え川に下りて行く。
川の中流にあたるこの辺りは山女魚とハヤの混成域になる。 川幅もあり芦もまだ伸びてなくキャスティングにはすこぶる都合がいい。川底には大小の石が沈んでおり感じはいい。しかし、釣り上がって行くがかかるのはハヤばかり。

流れに洗われた芦の根が水にゆらいでいるあたりを流しているとようやく小さいがきれいな山女魚が釣れた。ようやくの1匹だ。ぬるんだ水につけしみじみと眺める。今まで何度とくり返したことではあるが、これがなかなかやめられない。毛ばりをはずしソ−ッと水に返してやる時が心の休まる時でもある。これは「キャッチ&リリース」という病がなせる技の一つだ。その後はハヤしか出てこなくなったので、一旦土手に上がって昼食にすることにした。気温はじょじょに上がり汗ばむほどになる。ウエダーを腰まで降ろしクーラーから麦茶とコンビニのおにぎりを取り出して土手に腰をおろす。乾いたのどに冷たい麦茶が気持いい。

周りの田んぼには麦が青々と波打っている。風がそよぎ、向こう岸の桜の木から花びらが高く舞い上がった。青空に薄ピンク色の天の川が流れるようだ。それから川面に次々に降ってゆく。ゆっくり流れて行く桜の花びらにハヤがライズしだした。蜉蝣と間違えているのだろうか、始めてみる光景だ。

ささやかな昼食の終わった私は、クロー葉のじゅうたんの上に肩ひじをつきそれ長々と見続けた。

ボーッとしていたら午後2時を過ぎてしまった。 立ち上がりクロー葉の上に落ちた桜の花びらを1枚口に入れてみると口中に苦味とかすかな桜の香りがする。
「春。春だ。」

少し早いがそろそろ帰ろう。


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