No.17 (安曇野)



闇の中で目覚ましが鳴った 目覚めぬままに布団から抜け出すと板
の間の冷たさが足裏から伝わってくる 
窓のカーテンを開けると 安曇野の昨夜の残灯が まだ犀川に添って
明滅している 

山頂にあるロッジのドアを開け外に出るとおぼろな明るさと冷気が
全身を包んだ
車に乗り曲がりくねった山道を下りてゆく 19線に突き当たり
T字路を松本方面に左折 田沢駅あたりで右折して犀川を渡り 団
地の中の細道を通り抜け 川沿いの畑地の脇に車を停め また 冷
気を感じながら車を下りてウェダ−に着替える

12フィート3インチの竹製のスペイロッドに青いラインをと通し
リードフライにパープルキング ドロッパーにバ−トリート#8に巻
い たオレンジ系のオリジナルフライを結ぶ

竿を肩にかけ堤に上がると風が微かにある 少し歩いて踏み跡を探
し川原に下りる 岩に裂けて流れる水音が徐々に大きくなって来る


水際に立ち 川面に目をやりながら「ギィー ギィー ギィー」と
ラインを引き出しキャストを始める 

1投目 2投目 3投目・・・・

陽の輪郭が稜線から離れ安曇野の青い空に浮かんだ時 水中から私
の左手の青いラインに「グーン」という感じの信号が送られてきた
「よ−し」一気に緊張感が脳内に走る

しかし その信号は一瞬で途切れてしまった フッキングをさせる
事ができなかったのだ 一瞬の緊張が真夏の花火のように落胆に変
わって行った ラインを手繰り寄せフライをチェックする 異常は
無い がっかりはしたが 同時に無くなりかけたが集中力と期待感
が再生してくる

1投目 2投目 3投目・・・・・

それから2時間ほど経った 私はいささか疲れラインを巻取り竿を
肩に掛け川から堤に上がった まだ芽吹いたばかりの丈の短い雑草
に腰を下ろし北アルプスからの風に軽く火照った身体をさらす 桜
はまだ少し早い 桜の花が咲く頃 その頃にはもう一度竿とカメラ
を持って来ようか などとぼんやり思いを馳せていると

背中から「こんにちは」と声がかかる 
私は不意を突かれ 少したじろぎながら振り向き「こんにちは」と
挨拶を返した 柔和な顔をした少年だった 

「今帰り?」と問いかけると「はい」と答えが帰ってきた 
たぶん小学1年生か2年生だろう
 
都会では無い体験だった  私は安曇野の小さな暖かさを感じながら
堤を去って行く黒いランドセルの彼の後ろ姿を見送った

私は少し早いがこのまま昼食にする事にした セブンイレブンで買
い求めておいた おにぎりと麦茶をフィッシングバックから取り出
した

釣り人が知る小さく幸せなランチタイム 

相変わらずアルプスからの微風は背中をかすめ流れていく 


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